ないちんげーる。

らしくないのである。

 仕事の合間、1Fのロビーで暫しの休憩。灰皿は置いてあるが、高額納税者にはなりたくない自分は売店で購入したカップのコーヒーをすする。機械室とは色の違う雑音に身を置き、意識も体の外に放置する。

 何気なく窓の外に視線を移すと、1羽の小鳥がいた。いや、それはもはや“いた”というより“ある”と言うべきだ。その小鳥の身体は地面に横たわり、すでに命の灯火が消え去っていることは誰が見る目にもあきらかであった。

 翠緑の鮮やかな羽から、その鳥の名は“鶯”なのではないかと推測するが、埋もれた知識は一向によみがえらない。その代わりといってはなんだが、なんとなく“鶯餡”という言葉を想像し、食い気が豊富な自分を再認識する。…人間食欲を忘れたら最後(泣)

 生物はいつか息絶えるものである。そして、自身の体が生命活動を放棄したときの亡骸とその小鳥の亡骸に何の違いがあるのだろうか?我ながら見事な廃退的思考である(笑)

 空を見上げると雲の切れ間から夕焼けが滲んでいた。その緑と対照的である紅がなぜか目に染みた。